高田米治郎が”日々”の出来事や読んだ本について感想文を書きます。


by l-cedar
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2006年 10月 ( 19 )   > この月の画像一覧

のだめカンタービレ

テレビドラマの話である。
今年のフジテレビ、秋のクールの月九は「のだめカンタービレ」、
原作は、最近のお決まり、漫画で、
漫画としては今までなかった音大の話である。
原作の漫画は大ヒットで、米治郎も読んだ。
テレビでは、撮影が洗足音大で行われているようだが、
原作の漫画の背景の正門の描写とか、講堂の描写など○○音大だ、
特に、Aオケ、Bオケなんて言い方は正にそうだ。
竹中直人がやっているような外人(原作はあんなに長髪ではない)の
指揮の教授(漫画やドラマと同じで○○○らしい)もいる。
でも、さすがにSオケはない。千秋のようなかっこよい男子学生もいない。
裏軒も○○音大の裏にはない、
だから、峰龍太郎のような気風の良いヴァイオリン奏者もいない。
Aオケ、Bオケは、野球で言うなら一軍、二軍、この差はものすごく大きい。
演奏旅行や、東京の演奏会など、すべてにおいて差がつけられる。

漫画だからと、最近はバカにできない。
映画にまでなった「海猿」も漫画、「ブラックジャックによろしく」も漫画、しかも
「海猿」と「ブラックジャックに~」は同じ作者。「ドクターコトー」も漫画、
「ドラゴン桜」も漫画、古くは「東京ラブストーリー」、
最近のヒットドラマはほぼ原作は漫画である。

涙もろい米治郎でも、さすがに漫画を読んで涙腺が熱くなることなど
ありえないと思っていたが、熱くなった漫画があった。
それは、「海猿」だった。テレビとか、もちろん映画になる前に読んでいたが、
原作で泣いた。最後の方の飛行機が墜落する話、泣けました。

漫画、漫画とバカにするなかれ、
昔、小説の初期の時代、文人とか、小説は、常人から蔑まれていた。
それと、漫画も同じだという説がある。
今、日本が海外に輸出するもっとも大きなものは漫画だといわれている。
欧米のコミックも漫画には絶対に勝てないらしい。

しかし、電車の中で、ネクタイ締めて、真剣に漫画を読んでいる奴、
ちょっと、まだ、許せない。
米治郎は漫画は読むが、電車など人前では読めない、恥ずかしい。
でも、ゲームやっている奴より良いかな、
最近、電車で真剣にゲームやっている社会人、多い。

これからの日本、すごく心配な米治郎でした。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-30 22:43 | 日々

トラックバック

米治郎よりお知らせです。
変なトラックバックが多く、誤解する人もいるようなので、
しばらくはトラックバックは中止します。
何かある方は、コメントをお願いします。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-30 08:57 | 日々

菊じい-3

今日は、菊じいと隅ばあさんが、米治郎の家にやってきた。米治郎の息子が11月1日に誕生日で、日曜しかいないので、今日、皆で夕飯を食べることになった。皆といっても、米治郎の娘は仕事でいない。隅ばあさんが赤飯を炊いて、はりきって持ってきた。ところが肝心な米治郎の息子が急に用ができてしまい、結局、菊じい、隅ばあさん、米治郎と奥さんの四人で食べることになった。
菊じい「このゴマは擂っていないのか、ゴマは擂らないと効き目がないって言っていたぞ」
米治郎奥さん「じゃ、擂る、これで擂ったら」と、小さなすり鉢を持ってくる。
菊じい「もうかけたからいいよ」と、赤飯をぱくりと食べて、
菊じい「この赤飯はちょっと固いなぁ」
隅ばあさん「この前炊いたときにちょっとやわらかかったので、水を少し少なくしたのよ」
菊じい「でも、これは固い」
菊じいはこの後も「赤飯が固い」ことを主張しながら、食事は終わった。
米治郎の息子が帰ってきて、夕飯を食べ始めた。
菊じい「その赤飯は固いぞ」
米治郎の息子「おじいちゃん、赤飯はこれくらい固いのが普通だよ」
菊じい「うん、赤飯はこれくらい固くないと赤飯じゃないな」
赤飯は固くないといけない菊じいでした。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-30 08:53 | 菊じい

BT63

米治郎の推薦度 ☆

「BT63(上下) 池井戸 潤 著 講談社文庫」を読みました。少し前から、本屋に並んでいるのが気になっていた本でした。作者の池井戸潤さんは、慶應義塾大学を卒業して、三菱銀行を経て、銀行小説で有名な人らしいです。この人のは、米治郎は初めて読みました。
主人公の大間木琢磨は、精神を病み、妻からも離婚されていますが、その病が直りそうなところから話は始まります。ふとしたことから父・史郎の若かった頃に、父の視点で入り込むことができることがわかります。最初は、病気が再発してしまったのか、それとも更に進んでしまったのか葛藤があります。しかし、それは、病ではないことがわかってきて、今は亡き、父親の若い頃のいろいろな出来事を知り、さらには自分探しの旅が始まります。
この父親の視点へ入り込んでいくという発想が面白かったでした。息子が思いついたことが、父親の思いつきとして、父親の人生を変えていきます。
題名の「BT63」はボンネットトラックのことで、ストーリーを展開する上で、たいへん重要な役割を演じます。
ちょっと、内容で気になったことがありました。ボンネットトラックの描写で、停車するときに、ハザードランプを点灯させて云々とか、曲がるときに橙色のウインカーを点滅させて云々の描写があります。しかし、この当時は確か、ハザードランプという機能は、まだなかったと思いますし、ウインカーも乗用車なども含めてほぼすべての車種が、ウインカーはブレーキランプと、共用の赤色であったと思います。物語のストーリーの中で、あまり重要ではないかもしれませんが、状況を説明する描写なので、ちょっと時代考証ががさつな感じがしました。ボンネットトラックがほぼ主人公なのですから・・・。

と、重箱の隅をつつく米治郎でした。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-30 08:53 | 感想文

舞鶴

京都府の北部、日本海に面した舞鶴は、大きく東舞鶴と西舞鶴にわかれる。京都から東舞鶴行きの特急で一時間四十分ほど、JRの駅も東舞鶴と西舞鶴があり、舞鶴という駅はなく、両方とも特急が止まる。江戸時代の頃は、田辺といわれていたらしいが、どこかに同じ藩名があるとかで、舞鶴に変わったらしい。田辺の頃から西舞鶴が舞鶴の中心だったとかで、西舞鶴を過ぎると車窓から田辺城城跡という公園が望める。東舞鶴は明治のはじめまで小さな漁村に過ぎなかったが、日本海に大きな軍港を探していた海軍が、湾が入り組み、大きな船も入れるそこそこ深さがある要塞のような地形に目をつけ、海軍の主要軍港の一つとして発展していく。この頃から東舞鶴が大きくなってきて、西舞鶴の舞鶴市、東舞鶴の東舞鶴市となっていく。だから昭和二十年頃、両市は合併して舞鶴市となるが、東と西の人は未だに張り合っている。
米治郎はこの舞鶴に最近、出張でよく行く。実は、今も舞鶴からこのブログを書いている。
戦争を体験されている方には、舞鶴は「岸壁の母」を思いだされるだろう。ここは戦後、大陸からの引き揚げ者が帰国してくる港の一つであの歌もいつ帰ってくるかわからない息子を毎日岸壁で待ち続ける母の気持ちを歌ったものだ。あの歌には実在の人がモデルになっていて東京の大田区のなんとかという人らしい。海軍の軍港だった東舞鶴は、今は陸上自衛隊の主要港になっており、イージス鑑の母港になっている。今、停泊しているのが見える。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-24 13:23 | 日々

菊じい-2

また、菊じいの話である。ある朝、菊じいから電話があり、米治郎の奥さんが出ると、「お腹がはって、うんちがずっと出ていない、みつじい(菊じいの弟で、吾楽病院の事務長をしていた。)に電話したら、すぐにこれから吾楽病院に一緒に行ってくれる事になった。」、奥さんも「じゃ、私も一緒に行くから」ということで、行くことになった。その日、菊じいの奥さんである隅ばあさんは、朝から出かけていて、菊じいが一人で留守番をしているとのことで、米治郎と奥さんは昼前には菊じいのところへ行って、昼ごはんを一緒に食べるつもりでいた。米治郎はその日、休みだったので、奥さんが菊じいと病院に行った後、家で待っていた。大腸の悪い病気ではないといいが・・・。しばらく後、米治郎の奥さんが病院から電話をしてきた。「エコーとレントゲンを撮ってもらって、胆嚢も大丈夫、ただ、腸に便が溜まっているとのこと。」それって、便秘・・・。

菊じいは米治郎の奥さんの近所に越してきたのが楽しくて、散歩のし過ぎで、足が腱鞘炎になった。この便秘事件の前々日、菊じいは、近所のこってりとんこつラーメンを生まれて79年間で初めて食べた。さらに、件の銭湯へ行き、温まりすぎた。その後、あまり水を飲まなかった。菊じいはそれを全部看護婦さんに説明した。米治郎の奥さんは、吾楽病院の看護婦さんから、菊じいが「それはいろいろと重なりすぎちゃいましたね」と言われていたのをそばで聞いていて、更に看護婦さんから、そっと奥さんに「面白いおじいさんですね」と、言われてすごく恥ずかしかったらしい。そんな菊じいでした

米治郎は、近所の百貨店の漢方薬売場へ、「麻子仁丸」を買いに走った。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-22 20:49 | 菊じい

菊じい

米治郎の奥さんの父親で、”菊じい”が近所に越してきた。今まで東京の郊外に住んでいたが、近くに来た。米治郎は一応、山手線の内側に住んでいる。近所に銭湯があるのだが、米治郎はまだ行ったことがないのだが、”菊じい”に教えたら、週に三回くらい行っているらしい。先日、米治郎の奥さんのところへ”菊じい”から電話があり、その銭湯の電話番号を調べてほしいとの事。ネットで調べて教えて、何か忘れ物でもしたのかと思って、奥さんが聞くと、菊じいは「扇風機をつけて、消してくるのを忘れたので教えてあげないと・・・」、米治郎奥さん「・・・(絶句)」。楽しい菊じいでした。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-22 13:25 | 菊じい

東海道新幹線

十年ほど前から仕事で出張することが多くなり、特に関西方面の出張が多く、東海道新幹線に多いときは毎週、少ないときでも月に一回は必ず乗る。
一車両にだいたい60~70席くらいで、一編成16両で満席千人くらいだから、60%としても600人、それが5分~10分間隔で走っているのだから、毎日相当な人数が東海道を移動しているわけである。電話だ、テレビ会議だ、インターネットだと、情報を伝える手段がどんどん進んでも、商売、交渉事、最後は顔を見てのやりとりをしないと安心できないということだろうか。  

ところで、米治郎は新幹線に乗ると、名古屋と京都の間で必ず見ないといけないところがある。出張がうまくいくかどうかのジンクス、イチローや松井がバッターボックスに入る前に必ずやることのように、関西に入る前に必ずこれが見えないといけない。それは新大阪に向かって、右側、関ヶ原付近の赤いテントの伊吹ラーメンという店だ。寝ていても必ず起きて見る。反対側に座っていても、トイレに立ってデッキから見る。       

今日もまた伊吹ラーメンを見ることができた。この出張がうまくいくだろう。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-19 18:05 | 日々

ららら科學の子

米治郎の推薦度 ○

「ららら科學の子 矢作俊彦 著 文春文庫」を読み終わりました。主人公の”彼”は全共闘世代で、学生運動の最中、警官を殴り、殺人未遂の罪に問われ、文革まっただ中の中国に逃れます。そして、有り金をはたいて借金をして、蛇頭の手引きで、三十年振りに日本へ密航者としてたどり着いたところから物語は始まります。三十年間いた中国は奥地の寒村で、日本に帰ってきた彼はまるで浦島太郎です。見るものすべてに驚きや戸惑いの連続です。一緒に中国に行くはずで直前に行けなくなった友人が、バブルの時に地上げ屋で儲けていて、彼の世話になります。三十年振りに帰ってきた日本に彼は何を見たのでしょう。
[PR]
by l-cedar | 2006-10-18 20:56 | 感想文

ミニピン

我が家には、犬がいる。
しかも、もう15歳だ。
メスで、人間の年齢に換算すると
80歳のばあさんである。
小さいから”プティ”という名前である。

ミニチュアピンシャーという犬種で、
ドーベルマンの小型、チワワと同じ位の大きさである。
知らない人には、チワワと間違えられる
(特にサラ金のコマーシャルでチワワが人気だったので・・・)が、
チワワと比較できないほど獰猛である。
小さいので、ねずみを捕る猟犬であったらしい。

たくさんある犬種の中で、唯一”ハックニィ歩行”をする。
”ハックニィ歩行”とは、馬のように前足を
前に蹴り上げて歩く歩行方法である。
だから、見た様は、上品で高貴である。

ミニピンもドーベルマンも、耳が長く
どうしても、先がたれてしまい、
それが弱々しく見えるので、
子犬の生まれてすぐに、先を切って、形を整えて
ピンと立つようにするのが、常識的らしい。
特にショードッグはそうしないと、
ドッグショーで、上位に入れない。
しかし、我が家のプティの耳は、
長いままでも寝ないので、切っていない。
ピンと立っている。
それがかわいい。

また、前足の人間でいう親指を
切ってしまうのも耳と同様、常識的らしい。
プティも切られて親指がない。
その切られたときの痛さが
トラウマになっていて、
前足を持たれると、今でも噛み付く。

毛色は、ドーベルマンのような黒茶と、茶のみ、チョコレート色の
3種であるが、プティは茶のみである。
ゆえに、チワワと間違えやすいらしい。
だが、ミニピンを知っている人は
すぐに「ミニピンですよね」と、声をかけてくれる。

実は、こちらが”ドーベルマン”の原型で、
昔、ドイツの”ドーベルマン”という人が
”ミニチャピンシャー”を品種改良して
大型化させたものが”ドーベルマン”である。
”ドーベルマン”の正式名称は”ドーベルマンピンシャー”だ。
だから”ドーベルマン”が獰猛なのは
猟犬としてのミニピン譲りである。

”ピンシャー”とは、”犬っころ”と、いう意味らしい。

プティは子宮内内膜症にかかり、去年、大手術をした。
乳腺腫瘍もできていて、その手術のときに
一緒に取ってもらった。
その前から、後ろ足が、おかしくなり
座れなくなってしまい、排泄が難しくなっていた。
犬、特にメスは、座れなくなると、排泄が難しくなる。

手術をしたら、たいへん元気になり、
足も治ってしまい、元気すぎて、逆に困ってしまう。

犬は、よく寝る、一日の人間の理想的な睡眠時間は
8時間と言われるが、犬の場合は15時間だそうである。
だが、これはもちろん一日の総睡眠時間である。
起きているときは、散歩か、食っている。

5年ほど前、お腹をこわして、下痢がおさまらなくなったことがあった。
それ以来、一回の食事の量を減らして、下痢気味専用の病中食
(犬専用のこういうものがあることがびっくりした)にしたら、
たいへん元気になった。
それまで、人間の食べ物も時々上げていて、
こちらが食事をしていると、それを食べないと気がすまなかったが、
それ以来、人間の食事に興味を示さなくなった。
しかし、自分が欲しいときは、お腹が一杯になるまで、
ずっと欲しがり、満足するまで、泣き止まない。
老犬だから、満腹中枢がいかれてしまったのかとも
思ってしまう。

とにかく、人間も犬も元気で長生きしてもらうのが良い。
c0003409_8234713.jpg

[PR]
by l-cedar | 2006-10-17 00:09 | 日々